怪獣使いと少年


データ

脚本は上原正三。
監督は東條昭平。

ストーリー

ある嵐の夜。
「助けてくれ、父ちゃん」。
暴れまわる怪獣、逃げる少年。
そこへ1人の宇宙人が現れる。
宇宙人が手を広げると、その念力により怪獣は地面深くに封じられた。
ある日、次郎は友達と一緒に、宇宙人と噂される少年が地面を掘っているのを見ていた。
そこへ現れた中学生が少年の住む廃屋に上がりこもうとする。
「エイヤー」。
少年が手をかざすと中学生の1人は宙に舞い上がった。
そのことからますます少年を宇宙人と疑った中学生たちは、少年を土中に埋めて頭から泥をかける。
「頭からガリガリ食われてもいいのかよ」。
止めようとする次郎にそう言い放つ中学生。
中学生は自転車で少年を轢こうとするが、そこへ郷が現れ中学生たちを追い返す。
郷に助けられた少年は北海道の江差が自分の故郷と言う。
郷は少年が何かを隠してると直感する。
一方次郎は中学生たちに呼ばれ、少年のことを聞かれる。
次郎は郷は北海道に調査に行っていると告げる。
再び少年の住む廃屋に向かう中学生たち。
そこでは少年がおかゆを炊いていた。
おかゆをひっくり返す中学生たち。
そしてそれを拾い集める少年の手を下駄で踏みつける。
涙を浮かべる少年。
さらに少年はけしかけられた犬に噛み付かれてしまう。
しかし数秒後、犬は木っ端微塵に爆発してしまった。
それを見つめる少年。
托鉢僧の鈴の音が鳴り響く。
郷の調査によると、少年の名は佐久間良。
良の父は東京に出稼ぎに来てそのまま蒸発。
母もその数年後に亡くなっている。
それを追って東京に出てきた良。
「良くんはあの廃墟の中に父親に似た愛のぬくもりを発見したのではないだろうか。もしその父が宇宙人で、そのために良君が宇宙人呼ばわりされ乱暴されて、情愛の絆を断たねばならないとしたら、それは絶対に許されぬ。日本人は美しい花を作る手を持ちながら、一旦その手に刃を握るとどんな残忍極まりない行為をすることか」と伊吹。
少年が宇宙人でないことはわかった。
良の家を訪れる郷。
その頃良は町にパンを買いに出かけていた。
街でも良が宇宙人であるという噂は広まっていた。
パンを買おうとすると、よその店に行ってよと断られる。
それを見たパン屋の娘。
追い返された良を追う。
良に追いつき、パンを売る娘。
「同情なんかしてもらいたくないな」と少年。
「同情なんかしてないわ。売ってあげるだけよ。だってうちパン屋だもん」。
「ありがとう」と少年。
「あの子超能力使うのよ。毎日買いに来るよこれから」と母親。
「だっていいじゃない。うちパン屋だもん」と娘。
良が家に戻ると郷がメイツ星人と話していた。
良の掘る穴について聞かれたメイツ星人。
メイツ星人は地球の風土気候を調べるため地球に来たと言う。
そこで少年に出会い、一緒に住む様になった。
しかし星人は地球の汚れた空気に触れているうちに、病気になってしまった。
一緒に穴を掘る郷と少年。
地球は今に人間が住めなくなるんだ。その前にさよならするのさ」。
「あの高速道路の向こうに怪獣が閉じ込められてるんだ。おじさんが念動力でやったんだ。凄いだろ」と少年。
そこへ押しかける人々。
「呆れたもんだ。宇宙人を倒すべきMATが宇宙人と仲良くしてるなんて」。
「MATが手を下さないなら俺たちが手を下す」。 連れ去られる少年。
「待ってくれ。宇宙人は私だ」と老人。
良を解放する人々。
今度は老人に石を投げつける
その時銃声が響き渡った。
「殺すなら私を殺せ」。
息絶える星人。
郷はその場にがっくり崩れ落ちる。
その時突如高速道路の向こうから、怪獣が出現した。
逃げ惑う人々。
「早く怪獣を倒してくれよ」。
「勝手なことを言うな。怪獣を呼び寄せたのはあんたたちだ。 まるで金山さんの怒りが乗り移ったようだ」。
戦いを拒絶する郷。
そこへ托鉢僧姿の伊吹が現れた。
「郷、町が大変なことになっているんだぞ。郷、わからんのか」。
燃え上がる町に向かい走り出す郷。
それを見送る伊吹。
そのままウルトラマンに変身する。
雨の中ムルチとの死闘。
金山の怒りが乗り移ったかのように猛攻するウルトラマン。
最後はスペシウム光線で止めを刺した。
嵐が去り晴天の河川敷。
「おじさんは死んだんじゃないんだ。メイツ星へ帰ったんだ。おじさん。僕が着いたら迎えてくれよ。きっとだよ」。
その日も1人、金山の埋めた宇宙船を探し続ける良。
「一体いつまで掘り続けるつもりだろう」と上野。
「宇宙船を見つけるまではやめないだろうな。 彼は地球にさよならが言いたいんだ」。

解説(建前)

伊吹隊長は何故托鉢姿で町を歩いていたのか。
これはおそらく伊吹はあの川原に宇宙人が住んでいるという噂をどこかから聞いていたためだろう。
その調査のため巡回していたものと考えられる。
お忍びでの調査はその情報の出所が娘が聞いてきた噂とか、そういう類のものだったからではないか。
そのため非番の時を利用して町を歩いていたものと推測される。

それでは、怪獣が出た時何故MATに帰ろうとせず、郷だけ戦いに行かせたか。
これはおそらく隊長は郷がウルトラマンということを知っていたためであろう。
ゼラン星人の時の郷とのやり取りから、隊長はそのことに気づいた。
もしかすると、前任者の加藤から何か聞かされていたのかもしれないが、他の隊員とは違って客観的に見れる分、郷の正体に気づくことが出来たのだろう。
あるいは、昔のデータや海外でのデータで宇宙人が地球人に化けて戦った例を知っていたからかもしれぬ。

感想(本音)

ウルトラシリーズに興味のある人なら、大抵の人が知っているだろう話。
切通氏の著作のタイトルにもなっていることに象徴されるように、ある意味名前が一人歩きしている作品である。
ただ、名前が一人歩きしている点については、功罪相半ばといった感もある。
しかしここではその点について掘り下げることはやめよう。
いつも通り私の素朴な感想を中心に進めて行くことにしたいと思う。

とまあ、いきなり襟を正すような書き出しだが、それだけ内容的に重い話。
ただ、私自身の子供の頃の記憶は少ない。
というのはやはり内容の高度さに付いていけてなかったからだ。
その辺りの初見での印象がこの作品に対する思い入れを左右するのはあるだろう。
しかし今改めて見返すとやはりその内容は深い。
以下、順を追って綴ることにする。

冒頭のムルチ出現のシーンは特撮がなかなかの迫力。
そして、夜の嵐の中での怪獣出現という意外にレアなシーンなのもあり、かなりインパクトがある。
こういう演出も名作たる所以であろう。
次にシーンは替わって土を掘る少年。
このシーンでは謎の老婆が薄気味悪いが、排気ガスを巻き上げる工場という、この作品のテーマの一つが盛り込まれている。
本作は色々テーマがあるが、この科学文明批判もそのうちの一つ。
気候風土を調査に来たメイツ星人が自然と対峙する存在である公害に体を蝕まれるというのはアイロニックである。

中学生による少年いじめのシーンは正視に堪えないもの。
特に自転車で轢こうとするシーンは残酷極まりない。
私は47年生まれなので、当時の中学生が何を履いていたかは知らないのだが、下駄を履いた中学生というのはやはり狙いなのだろう。
それは伊吹隊長のセリフにある日本人批判にも垣間見れるが、現在の感覚からはやや左翼がかった所が感じられる。
これはやはり沖縄出身の上原氏の主張を酌んだ演出なのだろう。
ただしちょっとやり過ぎな感じもするが。
あと、このシーンでは宙を舞う中学生を見つめる良の無表情が怖い。

次もまたいじめのシーン。
今度はおかゆを踏みつける下駄という、さらにショッキングなシーンが現れる。
宇宙人なら何をしてもいい。
自分たちと異質な存在なら何をしてもいい。
そういった日本人の心に対する批判が込められている。
さらに良は犬に噛み付かれる。
しかし犬は金山の超能力により爆破。
これは正直犬がかわいそうだが、金山の目からは犬は危険な猛獣と映ったのであろう。
しかしこのことが結果として2人を追い詰めてしまった。

次のシーンは托鉢姿の隊長が町を巡回する有名なシーン。
これを見つめる良の心は如何に。
この演出はやはり、伊吹=父親というものであろう。
ここにも一つのテーマが表れている。
良にとっての父親はメイツ星人だが、伊吹を見つめる良が追い求めるのはまさにそういうぬくもりなのだろう。
それは続く伊吹のセリフにも窺われる。
「良くんはあの廃墟の中に父親に似た愛のぬくもりを発見したのではないだろうか。もしその父が宇宙人で、そのために良君が宇宙人呼ばわりされ乱暴されて、情愛の絆を断たねばならないとしたら、それは絶対に許されぬ」。

一方、両親のいない郷にとって、MATは家であり、伊吹は父である。
また、坂田やアキ、次郎といった家族もいる。
血が繋がっていても蒸発する良の父親。
ここに家族の問題の奥深さが存在する。
また、このシーンでは郷は両親を亡くしていることが判明する。
しかし、第一話を思い出してみると、郷はレーサーとして成功して田舎の母親を東京に呼びたいと言っていたような。
これはこう解釈するようにしよう。
あの回想シーンの郷は坂田と知り合った頃で、まだ母親が健在だった。
郷はその後、母親を亡くして一人になったのだろう。

次も有名なパン屋のシーン。
この時の雨は狙ったものではなく偶々だったそうだが、名作にはそういう偶然が力を貸してしまうもの。
あの場にいなくても、あの雨の冷たさがわかるほど辛いシーンである。
と、同時にパン屋の娘が売ってくれたパンの例えようもない美味しさも味わえるシーンであった。
このシーンの評価は人それぞれであろうが、唯一救いのあるシーンというある意味救いのなさを表現しているところにこのシーンの意義があるように感じられる。

CM明けは、郷が金山から事情を聞いたあとのシーン。
直接描かれてはいないが、郷は自らが宇宙人であることを金山に告げたのだろう。
でないと、金山が郷をあれだけ信用するとは思えない。
金山は地球の大気に触れるうちに体が蝕まれていったという。
この辺りの話は子供には少し難しすぎるかもしれない。
しかし公害は今もって重要な問題の一つだ。
最近でもアスベストが問題になっているように、公害は知らないうちに我々の体を蝕んでいく。
この辺り公害の問題を上手く作品に絡めていると思う。

良と郷はメイツ星人が星に帰れるよう、宇宙船を掘り出そうとする。
しかし、それを民衆は許さなかった。
宇宙人を退治するはずのMATが宇宙人と仲良くする。
確かに今まで宇宙人は尽く退治してきた。
初代マン、セブンを通じても人間とこれだけ心を通わせた宇宙人はいなかった。
怪獣を倒さない話はあったが、ウルトラマンがここまで宇宙人と仲良くする話はなかったのである。
見逃されがちだが、宇宙人は侵略者というフォーマットを破った点、評価に値する。

「悪魔と天使の間に」では宇宙人が聾唖の少年に化けていたことにより信用された。
しかし今回は宇宙人であるというだけで、命を奪われてしまう。
これは難しい問題である。
人間見た目やイメージだけで物事を判断してしまう。
何が善で何が悪かを見極めるのは案外難しい。
テロリストにもテロリストの論理があるし、物事を一面的に捉える思考が危険なのは間違いないであろう。
ただし、自分の思想のために関係ない人を巻き添えにするテロ行為だけは、明確に悪と言い切れるが。

話を戻そう。
金山は警官の発砲した拳銃により死亡する。
このシーン、竹槍で刺し殺すことも考えられていたというが、それはやめておいて正解だった。
それではあまりにも生々しいし、日本人批判の表現が直接的になり過ぎるからである。
この話が語られる時、差別(特に在日)の問題は避けては通れないが、あまりそこに入り込むとウルトラを逸脱するので、この程度で抑えたのは良かったと思う。
とはいえ、金山の死の結果、怪獣ムルチが復活。
郷は民衆を見放し、戦いを放棄しようとする。
この辺りの心情は子供向けを完全に逸脱している。
いや、子供向けだからこそ正しいことを教えようとしているのかもしれないが、ヒーローが燃え上がる町を放っておくのはさすがに許されないだろう。

ここでそれをたしなめるのが托鉢姿の伊吹隊長。
このシーンは物議を醸しているが、個人的には伊吹隊長という解釈で問題ないと思う。
それは解説にも書いたが、そう解釈しても不都合はないし、イメージとか何とかの解釈も、それほどすっきりするものとは思えないからである。
まあ、実際は遊び心の範疇、若しくは演出なんだけど、たまになので許される程度だろう。
また、このシーンではヒーローの苦悩も描かれている。
人間である以上、人間を守らなければならない。
このシーン、むしろ苦悩しているのが宇宙人であるウルトラマンというより、地球人である郷というのが興味深いところである。

最後のウルトラマンとムルチの対決シーンは何故かワンダバ。
これはMATが全然出ないことに配慮したものだろうが、今回の隊員たちのギャラはどうなっているんだろう。
まあ、最早そんなことどうでもいいくらい、確信に満ちた話の作りになってますが。
ムルチに関しては魚をモチーフにしたというのが新しい。
ただし、魚はみんな似たようなものなので、あまりバリエーションはなさそうだが。
ラストシーンは宇宙船を掘り続ける少年。
しかし良については一つ疑問があります。
一体どうやって生計を立てているのか。
まず、考えられるのが乞食。
しかしそれで食ってくのは難しそう。
て、ことで日雇い、内職辺りでしょうが、そういう描写も見られませんでした。
結局メイツ星人が何か財産を持ってきてそれで生活してるということでしょうか。
最初少年がメイツ星人と出会ったとき、飢えかけてましたから。

とにかく、ラストの救いようのなさは驚嘆である。
少年はどこにも居場所がなく、汚染されていく地球そのものを見捨てているのだから。
展開的には優しいおじいさんとかが少年を引き取って、など考えられるのだが、そういったものを一切拒絶してるかのような雰囲気がこの作品には流れている。
上原氏も東條氏もそういう達観した境地で作っているのだろう。

本作のテーマの一つに在日差別の問題がある。
正直このテーマをウルトラで扱うのはあまり賛成ではない。
というのはあまりにも微妙だし、思想的なものが入ってくる危険が高いからだ。
その辺りを考慮して本編では抑えた表現となっているが、世間ではそういう風には解釈していないようだ。
確かに製作側はそれを意図して撮ったものと思われる。
しかし私は作品はまずその映像化された内容を基準にして解釈すべきと考える。
本話では在日を連想させる表現は随所に見られるが、あくまで金山は宇宙人である。
差別はあるにしても、在日に限定することなく、もっと普遍的なものと捉えるのが作品を楽しむ姿勢としては正しいと思う。

また、この作品のテーマの一つに公害問題がある。
公害問題についてはスペクトルマンに代表されるように、この頃のトレンドになりつつあったようである。
私は再放送でこの頃の作品を見た世代だが、アニメも含めて何となく暗いものが多かった。
公害の問題やオイルショックは鉄腕アトムで描かれた理想的な科学文明と現実との相克を生み出したのだろう。
話は逸れたが、本話においては中心テーマではないものの、メイツ星人が星に帰れなくなる理由として強烈なアンチテーゼとして機能している。

以上のように本作は通常の路線をかなり逸脱した内容となっている。
というか、ヒーロー物そのものすらも逸脱している。
個人的に言うと、1つの独立した作品ならともかく、ウルトラシリーズという目線で見ると問題は多いと思う。
その点私の評価は微妙である。
素直に31話のように絶賛しがたい。

しかし金山が撃たれるシーンには涙が出そうになる。
現実問題、世間、他人といったものは冷たい。
だからこそ時々もらえる優しさが嬉しいのである。
公害というテーマもあるだろう。
差別というテーマもあるだろう。
しかし本作の最大のテーマは人と人との繋がりや情愛。
血は繋がってなくても家族や親子になれるというところに求めたい。
演出的には確かに微妙であるが、良君が新たな家族を見つけられることを切に願う次第である。

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